その頃、私はスマホやネットへのアクセスなしで、中米を彷徨っていた。地図の空白を塗りつぶすゲームのように各国を訪れ、最後にエルサルバドルの首都、サンサルバドルにたどり着いたのだった。ハリウッド映画が刷り込む政治の腐敗や治安の悪さといったイメージは、旅人の視界には映らない。そこには、豊かな人々の暮らしが穏やかに流れていた。

ラテンアメリカの料理は、どれも情熱的で美味しい。だが、長い旅の中で、その単調なリズムに、私の胃袋はすっかり飽きていた。醤油の焦げる匂い、ごま油の香り、米酢のシャープな酸味などが恋しい。和食である必要はなく、舌は「アジアの味」を求めていた。

中米には、パナマ運河建設の歴史も関係していて、中華系の労働者の移民が多い。だが、サンサルバドルは例外らしく、街でもアジア系の風貌の人はあまり見かけない。中華料理店はデリバリー専門の小さな店はあったが、腰を落ち着けられるような店には出会えていなかった。

ある朝、どの街でもそうするように、中央市場へ足を運んだ。その土地の食文化や物価、衛生観念などを知るためだ。鮮魚売り場に差し掛かると、中年の男性が私をじっと見ていた。東アジアの顔立ちだ。視線が数秒交錯する。彼は何かを確信したように頷くと、大きな魚を一尾買い、雑踏の中に消えていった。

午後になり、宿の周りを散歩していると、裏通りに「中華」と書かれた看板がぶら下がっていた。なんだ、中華料理店があるじゃないか。なぜ今まで気づかなかったのだろう。夜だけの営業らしく、扉はまだ閉まっている。中庭に屋台を展開するような造りの店だ。店の奥で人影が動いた気がしたが、私はとりあえずその場を立ち去った。

夕刻、空腹を感じると、脳裏に浮かぶのはあの中華料理店だった。無意識に足がそちらへ向かった。

店は広く、テーブルも多い。だが、客は誰もいなかった。中庭の中央のテーブルにつくと、奥から料理人の格好をした男性がメニューを持って現れた。今朝、市場で目が合った人だった。

メニューは掠れた手書きのスペイン語で、まったく読めない。とりあえず英語で「エッグアンドレタスチャーハン」と「ホットアンドサワースープ」を注文する。男性は軽く頷いた後に、笑顔で「ペスカード」と言った。スペイン語で「魚」だ。

「ノー、グラシアス」と首を振る私を無視して、彼は「ペスカード・フリト」と復唱し、厨房に戻っていく。どうやら、魚料理が強制的にオーダーされてしまったらしい。

まあいいか、と諦めていると、注文したチャーハンとスープ、そしてレッドスナッパーが丸ごと素揚げにされた一皿が運ばれてきた。オーダーの経緯や値段を問いただすことも忘れて、料理に手をつけた。とにかく、魚が新鮮で美味しい。特別な料理法なのか料理人の技術か、その味付けはかなり上質な「アジア飯」だった。

驚きと充足感と共に完食すると、男性が再び厨房から出てきた。他に客がいないからか、どうやら私と話がしたいらしい。しかし、中国語の発声が苦手な私と、スペイン語も英語も(もちろん日本語も)得意ではないらしい彼との間には共通言語がない。

彼はポケットからボールペンを取り出すと、テーブルの紙ナプキンに、何かを書き始めた。漢字だった。

「我係福建佬嚟㗎。 以前喺香港、多倫多、紐約做過嘢,揸鑊鏟。之後就過嚟聖薩爾瓦多。 呢檔係我個竇。 你呢? 你係邊度人呀?」(俺は福建から来た。 前に香港、トロント、ニューヨークでコックやってた。 その後にサンサルバドルに来たわけ。 この店、自分の店。で、あんたは? どこの人なのさ?)

私は、その繁体字の連なりが広東語だと理解し、限られた中国語の知識を駆使して返答を書いた。

「先生、国際人! 我、由東京。 食事、美味。 魚、最高。 多謝!」(おじさん、国際人だね! 私は東京から。 食事、美味しかった。 魚が最高。 ありがと!)

ナプキンの上で、漢字が往復する。私たちの間には、音のない会話が成立していた。すると、彼が最後にこう書いて、笑った。

「一早喺街市見到你,我就知你今晚實會嚟呢度。 咪特登買咗嗰條魚囉。」(市場であんたを見かけて、今夜必ずこの店に来ると確信したんだな。 んで、あの魚、買っておいた。)

そうだったのか。それは料理人の勘、という言葉を超える特別なものだったのではないだろうか。異郷でたまたま出会った東アジア人同士が、目に見えない特別な符号を伝え合った、ということなのかもしれない。

旅先では時折、国籍や言語といった表層的なラベルの意味が、ふっと薄らぐことがある。あのサンサルバドルの夜は、まさにそんな瞬間だったようだ。