およそ30年で人口が約500倍に増加した都市。全国や世界から若者や起業家が集まり、ドローン開発とスマートフォン生産の聖地とも称される都市。人口に占める高齢者の割合が極端に少ない都市。伝統的な地域の言葉ではなく、共通語(普通話)が主に話される都市。IoTが日常に浸透している都市。インパクトのある巨大な国際空港を持つ都市。

これらはすべて、中国・深圳のことを指す表現である。これほど急激に発展する都市とは、トラベラーにとってどのような場所なのだろうか。そんな素朴な疑問に導かれ、数年ぶりに深圳の街をぶらぶらと歩いてみた。

深圳は中国・華南地域の南端、香港のすぐ北に位置している。今回、日本からは香港経由のルートを選んだ。深圳宝安国際空港へは成田から深圳航空の直行便も運航しているが、少し迷った末、最終的には香港エクスプレスを予約した。いつもながらコストを意識するトラベラーなのである。香港から中国本土へのボーダー越えは幾度となく経験済みであり、移動距離や所要時間も感覚的に把握しているので、特に問題はない。

主に香港人と中国系の乗客で満席となった深夜便は、訪日旅行客の熱気に包まれながら、未明に香港国際空港へ到着した。香港に入国する手前に、深圳の蛇口港行きフェリー乗り場があることに気づく。これを利用すれば香港の出入国を経ずに直接中国本土に入れるが、便数が少なく料金も安くないのが難点である。ここは予定通り、一旦香港に入国し、エアポートエクスプレスとMTR(地下鉄)を乗り継いでボーダーに向かうことにする。時間は十分にあるし、この方が安上がりだからだ。

香港MTRの終点、羅湖(ローウー)駅で下車し、人の流れに沿って歩くと、すぐに中国本土とのボーダーエリアに到着する。いわゆる国境のような施設だが、香港側の出国手続き場では「e道」と呼ばれる自動化ゲートが有人カウンターより多く設置されている(訪港旅行者でも事前登録すれば利用可能だ)。続く中国側の入国手続きは有人カウンターが中心で、列に並ぶ前に専用端末での十指の指紋登録を求められる。手続きは続くが、香港・中国どちらの側の光景もさほど変わらず、「国境」というよりは人の移動を管理するためのチェックポイントといった様相で、緊張感はあまりない。

手続きを終え、中国本土側に入る。かつてはこの羅湖のボーダーを抜けると、周囲の空気が一変したことを思い出す。埃っぽく、どこか垢抜けない雰囲気で、清潔とは言えなかった。怪しげな人々がたむろしており、白タクの客引きが寄ってくる。英語もまったく通じなくなり、「中国本土に来た」という実感が否応なく押し寄せるのが常であった。しかし、今では香港サイドとの間にほとんど違和感がない。同質化が進んでいるとまでは言わないが(一部の香港人に叱られそうだ)、その差は非常に縮まっているという印象である。

深圳地下鉄の羅湖駅から、宿のある中心部へ向かう。数駅先の華強路駅で降りて地上に出ると、周囲のビルの高さ、通りの広さ、交通量の多さに圧倒される。そして、事前に地図でイメージしていた街のスケールとは、縮尺が全く違うことに気づかされる。すべてがとにかく大きいのである。予想以上の距離を歩き、なんとかホテルにたどり着く。一階に運送資材販売店が入る雑居ビルの3階であった。

今回の滞在は一泊約3000円の安宿である。とはいえ、深圳のホテル料金の相場はおおむね香港の半分以下であり、レベルとして決して低いわけではない。日本の地方都市にある個人経営のビジネスホテル、といったところか。最低限の設備は揃っているが、豪華さよりも清潔感を重視した内装で、タオルの質や洗面所の匂いには少し残念な点もあった。

場所は、日本人が「中国の秋葉原」などと呼ぶ華強北エリアに近く、街歩きには良い立地である。チェックインの際、連泊であることを伝えると、部屋をアップグレードしてくれた。アップグレードといっても、窓の大きさが1メートル四方から2メートル四方になった程度だが、気の利いた計らいである。ありがたくそれを受け入れ、部屋に荷物を置いて、さっそく「電脳街」へ出かけてみた。

周辺は、「秋葉原」という形容がすぐに的外れだと感じるほど、その規模が大きい。エリア自体が秋葉原の数倍はあるだろうか。そびえ立つビル群も高さがおおむね3倍ほどあり、どれも新しい。完成品を販売する小売店よりも、電子部品やパーツ、ガジェット類などの卸売業者が多い印象だ。修理業者向けだろうか、スマートフォンのディスプレイ表面に保護フィルムを貼るだけの作業を行う業者も目立つ。そして、それらのディスプレイガラスを大量にまとめて購入していく人々もいる。まるで全世界の電子製品の部品が、この華強北から出荷されているかのようである。

そのビジネスのエネルギーとスピードに引き寄せられるように、世界中からバイヤーが集まっている。そういえば、滞在先のホテルにも中国国内だけでなく、中東などからのバイヤーらしき人々が多くいた。彼らは最短一泊といった日程で深圳を訪れ、寝る間も惜しんで猛スピードで部品の購入や価格交渉をしているそうだ。国際配送便の手続きカウンターも街中の至る所にある。事実、ホテルのエレベーターでは、地元の女性が居合わせた宿泊客に「パキスタンからスマートフォンの買い付けに来たのですか? でしたら、知り合いの卸会社を紹介しますよ」などと声をかけていた。そんな動きの激しい街で、のんびり連泊して街をただ歩こうとしているのは私くらいなのだろう。(ホテル側の事情もあるだろうが)どこか珍しがられて部屋をアップグレードしてくれたのも、なんとなくわかる気がする。

街の人々は、ビジネスという共通の目的があるためか、概して他人にもフレンドリーである。英語の通用度は今ひとつだが、経済が活発な土地の常として、直感的な危険度は低い。そんな中、ふと周囲を見回すと、日本ブランドの看板がほとんど見当たらないことに気づいた。わずかにロゴなどで存在を確認できるのは、大手カメラメーカー2社と、(アジア各国への進出が著しい)味千ラーメンくらいである。電気・電子製品分野における時代の変化を、まざまざと見せつけられているかのようであった。

翌日は、この深圳という土地の歴史を少し真面目に知りたいと思い、地下鉄で新市街エリアの中心部にある深圳博物館へ向かった。「市民広場」周辺の計画的に建設された広大なスペースには、現代アートの巨大なモニュメントを思わせるデザインの公共施設が建ち並ぶ。その規模と存在感は、他に比較するものがないほど圧倒的である。文字通り何もなかった土地に、すべてがこの30年以内に建設されたという。博物館では、深圳エリアへの古代人の移住から始まり、伝統的な中国文化の最盛期、イギリスによる(香港の)植民地時代、第二次世界大戦中の日本軍占領期、そして中国の共産主義革命を経て、1970年代に深圳が経済特区に指定されてから現代に至るまで、年代ごとに様々な資料や史料、実物がこれでもかと展示されている。現代に近づくにつれて、国や市政府のプロパガンダの色合いが濃くなるのは仕方がないが、それでも1970年代以降の深圳の劇的な変化を詳しく知ることができるのは興味深い。

展示によれば、深圳は、経済特区として政府肝いりで、つまり共産国家の全精力を集中させて発展した都市である。人口約3万人の漁村が、およそ30年で約500倍の1400万人規模にまで拡大した。それは「世界最速」の都市の誕生であった。その驚異的な都市建設や経済発展は「深圳スピード」と呼ばれ、中国全体の近代化のモデルとなった…といった内容が、「もう十分だ」と言いたくなるほど繰り返し、展示物、文字、写真、動画で主張されている。最後の展示ホールに、最新の生産物としてドローンとVRゴーグルが置かれていたのが記憶に残る。

博物館では公式な情報が多すぎて少々疲れた感もあり、街の公園(これもまた巨大だ)で、行き交う人々をぼんやりと眺めることにした。ジョギングやヨガ、中国舞踊や剣舞、伝統楽器の練習など、市井の人々が個人やグループで思い思いの時間を過ごしている。全般的に、とても穏やかな空気が流れている。

都市の拡大は、中国国内での人の移動をもたらした。実際、深圳では国内各地からの人口流入に伴い、地元の(香港と同じ)広東語ではなく、中国の共通語である普通話が主に話されている。様々な人々が暮らす中で競争は激しく、当然のことながら脱落者も多いだろう。現在ここにいる人々は、ある意味でこの競争環境を勝ち抜いた成功者たちであり、見た目にはとても豊かで幸せそうである。深圳の経済的な発展は、一般の中国人にとって誇りであり、圧倒的な成功体験として社会に記憶されているのだろう。若い人々、特に起業家たちがその吸引力に惹かれてこの街を目指すのも、わかる気がしてくる。事実、この街の65歳以上の高齢者の比率はわずか約3パーセントだという。それほど、街全体が新しいエネルギーに満ちているのだ。

そんな新しい都市、深圳は世界のスマートフォン製造の中心でもある。街を歩いていても、地下鉄の車内でも、世界のどこよりもスマートフォンが生活の中で重要な位置を占めているように見える。スマートフォンの普及は日本も同様だが、ここではスマートフォンを介してインターネットが日常に深く入り込んでいる。つまり、IoTが進んでいるのである。

地下鉄乗車も、コンビニやレストラン、そして屋台での支払いでさえも、スマートフォン決済が当たり前だ。「スマートフォンで決済ができる」というレベルではなく、現金がほとんど使われていないのが実情なのである。小さなラーメン屋では、食べ終わった客が当然のように店の壁に貼られたQRコードにスマートフォンをかざし、アプリで支払いを済ませて、無言で店を出ていく。スマートフォン決済を利用するには、インターネットに接続されたスマートフォンにインストールされたアプリと紐づく中国の銀行口座が必要で、口座開設は外国人旅行者にはほぼ不可能である。欧米系のクレジットカードさえ、高級店以外ではほとんど使えない。したがって、多くの旅行者は中国元の現金で支払わざるを得ないのだが、いざ支払いの段になって現金を出すと、「えっ、まだそんなものを使っているのか?」と言わんばかりの表情をされるのだ。

これは新しい社会だからこその現実だろう。日本や香港でも電子決済は以前から存在するが、日々の生活で現金がなくならないのは、それまでの現金経済の歴史や文化・慣習が根強いためだ。大都市としての歴史が浅く、多様な人々が集まる深圳では、スマートフォン決済のほうが様々な面で合理的である。つまり、「便利だから」という理由で、徹底的に日常生活に普及しているのである。屋台で果物を買う女性が支払いのために、スマートフォンで屋台のQRコードを読み取っている姿を眺めながら、IoTとは高価な専用電球を買ってリビングの照明を遠隔操作することではなく、このような日常のことなのだと、感心する自分であった。

あまりの先進ぶりに驚いたところで、少し気分を変えようと、翌朝はいわゆる「観光地」らしい場所へ向かってみることにした。地下鉄を乗り継いで20分ほどの場所にある、「海上世界」である。深圳は珠江デルタの中にあり、太古から海と共に生きてきた街だ。「海上世界」は、そんな土地の歴史を背景に、海沿い(正確には珠江河口沿い)に建設された広大な商業施設である。リゾート地のようにレストランやバー、ホテルが軒を連ねる。海辺にはプロムナードが整備され、釣り人の姿も見られる。海風が心地良い。レストランのメニューは少々高めだが、多様な料理を楽しめる。外国人も多く、スタッフとは英語も通じる。クレジットカードが使えるところもあるのは、さすが観光地である。そのような気楽さに安堵している自分はトラベラーとしてどうかとも思うが、これもまた現代深圳の一側面である。旅にはメリハリが大切だ。

続いて、中心部から北東方面にある「大芬油画村」へ向かう。電子製品やインターネットとは対極の世界で、人々の暮らしの一端を覗いてみたいと思ったのだ。ここは8000人以上の画家や画家志望者、そして絵画関連の業者が集積する街である。中華圏のホテルのロビーやビルの受付などに飾られる複製画の大半が、ここ大芬で描かれているそうだ。最近ではオリジナル作品の制作も積極的に行っており、この街だけで年間売上高は数百億円以上にのぼるというから、アートといえども、その規模と徹底ぶりによって大きな経済活動となり得ることが証明されている。純粋にプロの画家になりたいと、地方から深圳に出てきたという若者を多く見かけたことが印象に残る。街の発展は、様々な分野で人の動きを生み出しているのだ。

深圳は人口1400万人を超える巨大な都市だ。人も多いが、トラベラーが見るべき場所もたくさんある。それらは伝統的なものよりも、新しく作られた場所が多い。中国各地の史跡や名所を再現した「錦繍中華・民俗文化村 (Splendid China Folk Village)」や、世界の都市や観光地などをミニチュアで再現したテーマパーク「世界の窓 (Window of the World)」は、一見、キッチュな面白さを感じるかもしれないが、そこへ行けば手軽に各地の風景を疑似体験できるという、実に中国らしい(ある意味で合理的な)発想の娯楽施設と理解して楽しむのも良いだろう。また、深圳がまだ小さな街だった頃からの繁華街である「老街」のショッピングエリアが、若者たちで溢れかえっている雰囲気を体感するのも面白い。そして、この巨大な都市を俯瞰するなら、高層ビルの地王大厦(Diwang Building)にある展望台「深港之窗 (Meridian View Centre)」がおすすめだ。これまでに見たことのないような摩天楼の景観や香港との境界線などを遠望し、アジアの「今」を感じるのは貴重な体験となるだろう。

深圳はどこかつかみどころのない新しい都市かもしれないが、来るべき未来の基盤となるものがいくつも示唆されているように思う。新しいエネルギーが弾けるようなこの土地は、人の移動や暮らしの変化を考える上でも非常に興味深い。複雑な世界情勢とは別の次元で、現代の中国、アジア、そして世界を理解するために、トラベラーとして深圳の街を歩き、今、リアルにそこにある空気感を味わうことはおすすめである。そんなことを考えながら、再び羅湖のボーダーを経由して香港へ、そして日本へと戻ることにしよう。

(追記) 深圳宝安国際空港を利用するか立ち寄る機会があれば、ぜひそのメインターミナルのデザインに注目してほしい。一度体験したら忘れられない、他の空港にはない美しく快適な空間があるはずだ。同空港には(台湾やマカオを含む)外国の航空会社がわずか7社しか就航していない一方で、中国国内の航空会社は30社以上が就航している。まさに深圳は、北京や上海と同様に、中国のあらゆる場所と直接結ばれているのである。