昨年の夏、数十年ぶりに道北サロベツの豊富町を訪れた。

サロベツは北海道の北端に近い日本海側に広がる原野。沼地と湿地が続き、天候に恵まれれば水平線の向こうに利尻島と礼文島の姿が浮かぶ。内陸を国道40号線とJR宗谷本線が南北に貫き、その沿線に豊富の町がある。最北の街・稚内から少し南に下った場所だ。

この土地は、私にとって特別な場所と言える。生まれて初めての一人旅の目的地が、ここ豊富と稚内だったからだ。記録も記憶もかなり薄れてしまっているけれど。

夏休みのある日、フェリーで津軽海峡を渡り、函館、札幌、旭川を経由して宗谷本線に乗り込んだ。旭川から稚内行きの普通列車の四人用ボックスシートに座ると、すぐに大学生と思われる女性の三人組が残りの空席を埋めた。

彼女たちは気さくな笑顔で挨拶してきた。そして、「旅は道連れっていうしね」と言いながら、持参していたフルーツやスナックを分けてくれた。予期しない展開に内心では喜びながらも、初めての一人旅という緊張が解けない私は、言葉少なに年上の彼女たちの会話を聞いていた。三人は、「白樺は『しらかば」と読むのに、なぜ樺太は『カラフト』なのか?」などというようなことを話しながら、楽しそうに笑っていた。

「どこから来たの? それで、どこまで行くの?」

しばらくして、女性の一人が私に尋ねた。私は当時住んでいた北陸の都市名を答え、それから事前に立てた旅程を思い出しながら続けた。

「稚内の四つ手前、豊富駅まで行きます」

「豊富って、何があるんだろ?」と、別の一人が呟くように訊いた。

「温泉があるみたいです」

私の返答に彼女たちは「そうなんだ」と頷き、自分たちは稚内からそのまま宗谷岬まで行くのだと言った。私が「宗谷岬には、豊富の後に行きます」と話すと、一人が「じゃあ、また会うかもね」と笑いかけた。

列車が豊富駅に到着し、私が降車すると、三人組は車窓から手を振っていた。車両が稚内方面へ消えていくと、ホームには夏虫の鳴き声が圧倒的な音量で響いていた。

旅の記憶は、その他にはあまりない。温泉に入ったことも、宗谷岬まで足を延ばしたことも、朧げな輪郭だけだ。

そして去年、道北を巡る移動の途中に豊富を訪れた。駅も街も、数十年前から変わったのかどうかも判別できなかった。豊富温泉の日帰り温泉施設に行き、天然の油分を含んだ湯に身を沈めると、微かな石油の匂いがした。その香りが鼻腔をくすぐった時、別の記憶の断片が不意に蘇った。

あの時、列車の中で「どこまで行くの?」と尋ねた女性の言葉だった。彼女は、その後、こう続けていたのだ。

「あ、いきなりこんなこと聞いてごめんね。言いたくなかったら別にいいよ。でも、知らない人に『どこから来て、どこに行くのか』って聞くのは、旅する者同士にだけ許される質問なんだよねえ」

そうだった。私はこれまで、この言葉を自分が旅の中で見つけたのだと思い込んでいた。しかし、違った。それは、あの夏の一人旅で、見知らぬ女性が教えてくれたものだったのだ。それにしても、嗅覚と記憶の結びつきは不思議だ。

こうして、サロベツの豊富という土地は、旅をする者同士が伝えるそんな言葉とともに、私の長い旅の始まりの場所になっている。