初めてカヌーに乗ったのは、もう何年も前のことだ。道東の湿地をゆっくりと進むあの感覚が忘れられず、いつかまた北海道の川を下ってみたいと思っていた。

昨年の夏、北海道北部を旅する機会があり、道中、天塩川とその支流サロベツ川が、カヌーに適した穏やかな流れだと耳にした。さっそくサロベツ原野のビジターセンターで尋ねてみると、職員は首を横に振る。このあたりで旅行者向けのプログラムはやっていない。天塩川上流の中川町や美深町なら、ツアー会社があるかもしれないとのことだった。

陸路を天塩川に沿って南下して、中川町の宿に着いた。フロントで体験ツアーのことを聞くと、素っ気ない口調で観光協会を案内された。役場の中にあるという。

翌朝、役場へ向かう途中、宿に隣接するキャンプ場の脇を通った。天塩川に注ぐ小さな渓流があり、岸辺には数艇のカヌーが係留されている。スマホで調べると、ここは町のアウトドア拠点で、カヌー体験もできると書いてあった。

管理棟に入ると、スタッフが困った顔で説明してくれた。渓流を発着するプログラムは営業許可の申請中で、まだ利用できない。岸辺のカヌーも貸し出していないのだと。

結局、観光協会の窓口を訪ねた。対面での問い合わせは珍しいのか、担当者は少し戸惑っている様子だ。

「町内の天塩川で、カヌー体験はできますか」 
「できないと思います」 
「でも川岸にカヌーポートがあると聞きましたが」 
「ありますが、プログラムやツアーはありません」 
「では誰が使うんですか」 
「カヌーで川下りをする方などが利用します」

会話はいまひとつ噛み合わなかったように思えたが、とにかくこの町では、旅行者が気軽に体験できる仕組みはないらしい。

次に向かった美深町でも、状況は変わらなかった。ガソリンスタンドでも道の駅でも、カヌーに詳しい人には出会えない。情報サイトに書かれている「カヌーの聖地」という言葉はなんなのか。

諦めかけて地図を眺めていると、この町にも、天塩川沿いに大きなカヌーポートがあることを思い出した。

さっそく向かってみると、川岸には立派な乗降場があり、毎年大規模なイベントが開催されているという案内板も立っている。やはりここは、カヌーが楽しまれている場所なのだ。

岸辺では三人の若者がくつろいでいた。地元の人たちで、二人がカヌーで川を下り、一人が車で次のポイントへ移動し、交代で漕ぎ出すのを繰り返しているのだと教えてくれた。私が質問すると、彼らは顔を見合わせた。

「天塩川には、一般向けのツアーみたいなのはないんじゃないかな」 
「あるとしても、個人でプロのガイドを雇う形だと思う」

そして一人が笑顔で言った。

「自分のカヌーで下ればいいじゃないですか」
「え、個人で川下りするのに、免許とか許可とか必要ないんですか」

私が聞き聞き返すと、若者たちは目を丸くして、大きく笑った。

「いらないよ、川だよ。自己責任」

ハッとした。ここでは川は交通路なのだ。道路を自転車で走るのに免許がいらないのと同じことだ。

考えるまでもなく、北海道の開拓初期、そしてそれ以前のアイヌの時代、この地域では天塩川を小舟で行き来するのが最良で唯一の移動方法だったはずだ。私はカヌーを商業的なアウトドアスポーツとしてしか見ていなかった。しかしこの土地の人々にとって、それは大自然に身を置き、自然と交わって生きるための、重要な手段だったのだ。

自分の勘違いを恥じながら、私はますます川を下りたくなった。今、あの天塩川を漕ぐために、小さなカヌーを手に入れることを考えている。