中国雲南省・昆明と麗江への旅

北京からおよそ2700㎞、昆明を省都とする雲南省は中国の南西端にある。北西にはチベット自治区が続き、もはやそこは世界の果てのような辺境かと思いきや、西はミャンマーと、南はベトナムと国境を接し、地理的には東南アジアの各都市にかなり近い。衛星写真では地域は山々が連なる高原のようであり、そこには少数民族が暮らすと聞く。もしやそこは桃源郷のような所なのか、と勝手に妄想し、弾けるように昆明とさらにその先の麗江を訪ねた。

香港から昆明へ

昆明・長水国際空港へは関西国際空港から中国東方航空が直行便を運航しているのだが、今回は羽田から香港エクスプレス航空の香港国際空港経由で飛ぶことにした。航空運賃が安かったからだけでなく、中国本土の航空会社より香港の会社がなんとなくサービスが良さそうで、安心できる気がしたからだ。それは本土系エアラインの経験値が低い私の偏見だ。だが、旅には快適に前に進む自分なりの工夫が必要なのである。

香港エクスプレスはLCCなので、機内サービスはシンプルでクルーのホスピタリティーも限定的だ。それでもいわば洗練された香港スタイルのフライトで、ストレスフリーに昆明に到着する。入国審査では軍服のような制服の女性係員が英語で「Enjoy your stay in China」と笑みを浮かべて言ったので驚いた。

というのも、中国本土を旅する際には自分に 3 つの努力目標を課すことにしている。①とりあえず先入観を捨ててみる、②文句を言わずに、必用な主張をする、③99%反応がなくても相手に(少なくとも曖昧な)笑顔を向ける、である。体験に基づいた中国を旅するコツのようなものだが、今回はいきなりイミグレで「ルール③」が逆突破されてしまった。「中国ってこんなトコだっけ?」と思いつつ、あれは純粋な歓迎の意だったのだと解釈し、到着ロビーに進む。

あまり事前リサーチをせずに、昆明を小ぶりの地方都市くらいにしか思っていなかったため、空港ターミナルの規模感からして腰が抜けそうになった。感覚的には羽田の国際線ターミナルの 4 〜 5 倍はあるだろうか。人も果てしなく多い。それも(少なくとも風貌は)ほぼ全員中国人である。さらに空港バスの乗ろうとすると、その複雑なルートや所要時間などから、昆明の街がとてつもなく大きいことが分かった。

しかし、それほどの大都市の大国際空港にもかかわらず案内カウンターでも英語はほぼ通じない。「ほぼ」というのは「1、2、3(ワン、ツー、スリー)」さえ理解してもらえずに焦るレベルだ。到着早々、いろいろな面ですでに中国に圧倒されている私である。

清潔な昆明市内

気を取り直してさっそく街を歩く。この街は人口が 6 6 0 万人。都心部は広く、高層ビルが林立している。しかし街が美しく、ゴミひとつ落ちていない。懸命に作業を続ける清掃員の数も多いが、表通りだけでなく裏通りまで、まるで日本の都市のように清潔なのだ。さらに空は高原のようにすがすがしく青く、高い。まだ 3 月初旬というのに気温も穏やかな春から初夏のようだ。

道路は広く整備されていて、車やバイクは多いが、誰もが整然と、そして物静かに走っている。二輪車がすべて、電動バイク・スクーターなのだ。中国では主に渋滞対策から、あらゆるバイクの走行そのものを禁止しているエリアもあるというのに、昆明では 1 00%電動のバイクが、幅の広い専用レーンを無音で悠々と走行している。排ガスがないため空気もきれいだ。北京、上海をイメージしてやって来ると拍子抜けするほど、スマートな光景である。事実、雲南省・昆明は「一年中の春」などと呼ばれ、中国人が憧れる国内の旅行目的地の一つだという。

市内でぜひ訪れたいのが「老街」と呼ばれる旧市街である。文明街・光華街などを中心に、清の時代から残る木造建造物の古い街並みが続く。伝統的な設計のまま建物を再生する工事も急ピッチで進められており、エリアがテーマパーク化している感があるが、それでも新旧の土産物屋や民芸品・雑貨店、屋台などの店が所狭しと立ち並び、食べ歩きなどを楽しめる。日中の観光客の多さにうんざりしたら、人が少なく歴史の風情をより感じられる早朝や夜の散策がお勧めだ。

昆明には一般的な観光リソースは少ないが、雲南に住む以上の少数民族を紹介する「雲南民俗村」「雲南民族博物館」や、地域の芸術作品を展示する「雲南美術館」などは必見だろう。また、約 2 億 7 0 0 0 万年前に海底が隆起して長い年月の間に浸食・風化し、さまざまな奇岩が林立する「石林」と呼ばれるエリアが 10 0㎞ほど離れた郊外にある。その規模は総面積約 4 0 0 平方㎞と壮大で、ユネスコから世界初の「世界地質公園」に選ばれてもいる。昆明ではゆっくりと時間をかけて、中国のどことも違う街全体の空気感を楽しむと良い。

世界遺産の街、麗江へ

翌日は昆明から北西に約 7 0 0㎞離れた麗江の街に向かう。高速バスで 7 時間の旅である。早朝に西部バスターミナルに着くと、国内各地へのおびただしい数の大型バスが発着していた。高速道路の整備とバスサービスの進化で、大型バスによる長距離移動がより一般的になってきていることがうかがえる。

高速道路は、昆明中心部出発から1 時間ほどで、郊外の景色の開けたエリアに至る。山がちな土地の地平線の彼方にまで続く巨大な道路は、現代の万里の長城といった風情。車窓から見える大自然の中に、時おり忽然と目を疑うような規模の巨大工場が現れる。何を製造しているのかは分からないが、高い煙突が紺碧の空へどこか不気味に煙を吐き出している。沿線には小さな集落がぽつぽつと現れ、中にはまるで民族村のような伝統的な佇まいのものもあった。

高速道路に平行するようにして古い鉄道線路を高架に置き換える工事が続き、時おり「和諧号」と書かれた高速車両が疾走しているのが見える。経済発展に伴って、国内の交通インフラが猛スピードで整備されているのだろう。

高速道路と大型バスは極めて快適で、いくつかの通過チェックポイントとサービスエリアを経由して予定通り麗江に到着する。標高 2 4 0 0 mのこの街は山岳少数民族の「ナシ族」が多く住む地域で、街を見下ろす標高5 5 9 6 mの「玉龍雪山」などとともに、「麗江古城」と呼ばれる旧市街が有名だ。古城は面積約 4 ヘクタールにわたる広大なエリアで、全体が世界遺産に登録されているものの過去の遺跡ではなく、今も昔と変わらず人が住む。その起源が 8 世紀ごろのナシ族のこの地への移入時だとされているから、その歴史の深さが想像できる。

麗江古城を歩く

古城エリアを実際に歩くと伝統的な建物がひしめき合うだけでなく、各所に高低差や坂道、階段があり、大小の水路がたくさん流れている。複雑で果てしない石畳の通路は迷路のようで、GPS付きの地図アプリを使っても、必ず迷うと言われている。ここは生きた街なのである。住んでいる人にしか分からない距離・方向感覚が必要なのだ。

「麗江古城」は 1 9 9 7 年に世界遺産に登録されてからは商業化が激しい。そもそも温暖な気候や豊かな食事に加えて、古城の風情や歴史的価値などから中国人に人気の高い観光地だったが、世界遺産登録後の観光地化でその人気に拍車がかかっているという。相対的な数は少ないが、世界各国からの外国人来訪者も増加傾向にある。この文化的に豊かな土地に羨望や望郷の念を抱く膨大な数の来訪者はほぼ時間絶えることはなく、さまざまな物品を売る商店や飲食店も営業活動が活発だ。

物価も高い。店頭での呼び込みはもとより、大型スピーカーで大音量の現代音楽を流す店も多く、夜は各所でライブ演奏が行われている。この旧市街で古くから続くナシ族の伝統的な暮らしの一端を覗き、歴史に思いを馳せることなど容易ではない。世界遺産登録を機に、街ぐるみで中途半端に気取らず媚びない商業化を推し進め、訪れるあらゆる人から取れるだけ金を取るシステムを構築した、そんな印象だ。21世紀の中国経済のエネルギーが凝縮しているかのようである。

それでも人混みを避け小路や裏道をゆっくりと歩き、水路の流れに耳を澄ませていると、街並みや建物がまるで日本の古都のように、どこか懐かしく思えてくるから不思議だ。千年単位の歴史の中では日本と中国が共有する文化が少なからずあるということか、あるいは我が祖先が遥か以前にこの地をなんらかの理由で通過し、その記憶が自分のDNAに刻まれているのか。そういう気持ちになると、物を売っているナシ族のおばさんたちも、なんだか自分の親戚に似ているように思えてくる。旅が、このように土地と人が持つスピリットを実際に肌で感じることであれば、麗江古城はそれを体感させてくれる場所だ。

桃源郷のような麗江

「麗江市トンパ文化博物館」へは徒歩で向かった。ナシ族は象形文字の「トンパ文字」を今でも使っている。実際、街の各所にトンパ文字が表記されていて、じっと見ているとそれが漢字の原型のようにも、現代のスマホの絵文字のようにも見えてくる。博物館にはその文字と関連物品のほか、ナシ族の文化的な歴史の一部が展示されているのだった。博物館の展示によると、トンパ文字の表現には古代マヤやエジプト文明の文字にも共通するものがあるというから、人の文化や知恵というのは興味深い。

古城エリアから抜け出して市街地を歩くと新しい商業施設はあるものの、外国資本のブランドチェーンなどはまだ限定的だ。そしてそのすぐ横に毛沢東の巨大な銅像が建つ広場があり、少数民族のおばさんのグループがカラフルな民族衣装をまとって路線バスをのんびり待っていたりするから、この街は楽しい。

その穏やかな空気感から、「桃源郷」という言葉が頭をよぎる。

麗江 から 約 1 8 0 ㎞ 先には「香格里拉(シャングリラ)」という街がある。チベット文化の影響を受けた標高 3 000mを超える土地で、「英小説家ジェイムズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』に登場する理想郷「シャングリ・ラ」の舞台はここだった(ハズだ)」という主張を基に、21世紀に入ってから街の名を公式に変更したというから、いやはやである。名称はともかく、雲南エリアは、少なくとも北京や上海からの中国のイメージを大きく覆すという点では、「桃源郷」だと言えなくもないのだが。

麗江・三義空港へ

帰路につくため、麗江・三義空港に向かう。旅客ターミナルは日本の中規模地方空港より遥かに大きい。麗江は古城に目が行き、山間の小さな古都として捉えがちだが、実際には人口1 1 0 万人を擁する都会だ。周辺の山間地域の中心都市でもあるため、航空サービスが急伸張する現代、空港は地域の人々の長距離移動のための拠点なのである。

少数民族の人たちが美しい民族衣装を着て、出発ロビーに並んでいるのは、この空港ならではの光景だ。フライトは近隣の最大都市・昆明までの便に加え、北京、上海、重慶などへの直行便が多い。就航エアラインは昆明空港を拠点にする雲南祥鵬航空(Lucky Air)や瑞麗航空(Ruili Airlines)などが中心で、機材もエアバスA 3 1 9やA 3 2 0 などの最新の小型ジェットがメインだ。最果ての山あいの小さな飛行場をイメージして行くと、度肝を抜かれる。 

昆明までの帰路便はローカル感たっぷりに、雲南祥鵬航空や瑞麗航空に搭乗したいところだが、オンラインでの英語の事前購入に制限があり、定時性なども考慮して、日本でおなじみの中国東方航空に乗る。大手のローカル線のマイナー区間に乗るのもサービスの質を見極める良い機会である。ちなみに同社は昆明・長水国際空港も国内西部の巨大ハブ空港と位置付けている。

フライトモニターを見ると、夕刻以降のフライトが軒並み遅延している。搭乗予定の中国東方航空の便も出発が 1 時間以上の遅れだ。国内線は単一区間の運航ルートを往復するのではなく、1 日かけて国内各地を経由するケースが多く、結果、1 日の終わりに向かって玉突き的に遅延が起きやすくなるのだ。

出発ゲートに珍しく外国人の風貌の男性客がいるので、遅延の愚痴を軽く伝えてみると、昆明を拠点にするローカルLCCの運航乗務員だという。出身はブラジルでパイロットとして採用されて中国に来たそうだ。男性によると、現在、中国は急激な航空市場の拡大を受けて航空当局の規制が厳格化しており、運航上の規定や手順、安全基準を遵守しないと、会社に厳しい制裁や罰金が課せられるという。そのため安全性を中心にした運航品質は向上しているが、反面、遅延が多くて乗務員としても閉口すると、吐露していた。

なるほど、市場が急成長する過程というのはそういうことか、と複雑な気分で中国東方航空の機内に乗り込むと、わずか50分のフライトの出発が 1時間半以上遅延したというのに、(少なとも英語での)詫びのアナウンスは録音テープでの定型文の放送だけだった。最終便なのかクルーの表情も疲れ切っていてサービスもどこかおざなりである。確かに機材や整備の基準は向上しても、サービスレベルはまだまだというのが中国国内線の実情だろう。

再び昆明・長水国際空港にて

昆明に到着し、改めて旅客ターミナルビルを見回すとその規模感に圧倒される。半端でない数の国内線とアジア主要都市へのフライトに加え、ヨーロッパへの直行便もある。まだ未明の 5 時台だというのにチェクインカウンターから国内の保安検査場まで、見渡す限り数え切れないほどの人たちが、長大な列をなしてひきめき合っている。

ヨーロッパ人の風貌をもつ人たちがほぼゼロであることも、この規模の国際空港では珍しい光景だ。自分が搭乗する香港エクスプレスの搭乗手続きカウンター前も、ウェイティングの列があるようでないような団子状態で閉口する。さらにはカウンターのスタッフにもいま一つ英語が通じない。簡単なリクエストをしている外国人にも、スマホの自動翻訳・通訳アプリで対応しているのを見て感心するやら呆れるやらである

それでも壮大で快適なターミナル施設を経て、香港エクスプレスに搭乗すると機内は香港クオリティである。嬉しいはずの英語が普通に通じることやサービススタイルの日常感に、少し拍子抜けするほどだ。それ程、雲南での時間は自分にとって濃厚で未知なる世界だったということだろう。

もしかしたら桃源郷ではないかと思い立って訪ねた土地だったが、昆明と麗江は究極的な理想郷ではなかった。しかし、それまで知らなかった中国西部の豊かな気候と歴史・文化、活発な経済活動、若者のエネルギーなどをそこで 直に感じ、その先の未来にまだ見ぬ桃源郷が必ずあるようにも思えたことが収穫だ。そう、すべての未知なる土地は、旅人にとっての桃源郷に続いているのだ。