今回の旅の目的地はミャンマーのヤンゴン。2011年の新政権誕生で長く続いた軍事政権から民主化への転換が進んでいるこの国最大の都市である。民主化運動指導者のアウン・サン・スーチーさんが自由に外遊する様子も報道され、国のあり方が大きく変わりつつあるようだが、今ひとつ実際の様子がわからない。考えてみればミャンマーは航空・旅行市場においても、これまで東南アジアで最も情報の少なかったエリアの一つ。今後、急速に拡大・開放する期待もあり、早速フィールド・リサーチに行くことにした。
実はミャンマーには以前、「アライバルビザが取得可能らしい」と聞いて陸路国境に向かったが「今日から発給はなくなった」と言われて入国できなかった苦い思い出がある。その時は「困った」というより外国人の出入国を都合良く制限しているようで、わずかな怒りと恐怖を感じた。ミャンマー大使館のホームページによると、現在も「アライバルビザ」はあるようだが、以前のトラウマもあり念のため東京の大使館でビザを取得することにした。取材という旅の性格から少々慎重な面持ちで向かったにもかかわらず、品川の閑静な住宅街にある大使館はのんびりした雰囲気で、個人旅行と思われる若い女性や高齢の方が大勢観光ビザを申請していることに正直なところ少し拍子抜けした。私のビザも数日後に難なく発給された。もしかしたらもうすっかり普通の国なのか、ミャンマー?
次は旅程である。日本からミャンマーへは直行便がない。調べてみると、やはり隣国タイのバンコクから入るのが一般的なようで、LCCの雄、エアアジア(タイ)もしっかりと1日2往復運航しているではないか。もしかしたら一般の日本人が知らないだけで、実はすでに大観光地化あるいは東南アジアの他の大都市と同じように発展しているのではないか?などと若干の焦りにも似た気分になる。調べを進めるうちにミャンマー国際航空(MAI)が今年3月よりヤンゴン〜中国・広州線の運航を開始していることがわかる。同社の最長路線だという。日頃から移動には旅先の国や地域の航空会社に乗ることを心がけている。搭乗時より気分が上がり、機内の雰囲気やフライトアテンダントから目的地についてそれなりの情報収集もできるからだ。早速MAIに乗ってみることにする。成田〜広州のフライトからは同日の接続ができないようなので、羽田から香港に入り、鉄道と地下鉄で広州白雲国際空港に向かう旅程を計画する。我ながらこだわりのルートである。鉄道に詳しい方には常識だが香港〜広州間の高速鉄道はいわば完成の域に達していて、パスポート・コントロールを通過するとはいえ誰でも簡単に確実に利用できる。バンコクでの数時間のトランジットとどちらも魅力的だが、鉄道の移動もまた楽しいものである。
話を進めよう。広州白雲国際空港に到着すると、その巨大さに唖然とする。中国では華南地方最大にして、北京・上海に並ぶ航空拠点である。そんな巨大な白雲空港の一角にミャンマー国際航空の機材A320は静かに駐機していた。搭乗してみると機材そのものにはそれなりの使用感はある。しかし民間航空としてサービスに注力している印象を受ける。というのもこの会社は、定時運航・サービス面・安全性で決して評判が良くなかった旧国営ミャンマー航空の流れを汲むが、現在は完全に民間航空として国際線路線網を広げている。将来はグローバル・アライアンスへの加盟も目指しているという。今後、ミャンマーの民主化と経済発展、旅行の完全自由化に伴って、その存在感が増していくだろう。
そして約4時間後にヤンゴン国際空港に到着。驚いたのがターミナルビルの大きさとあか抜けたデザインだ。長らく閉鎖的だった国のマイナーな空港を勝手に想像していただけに、その明るさと現代的な機能美に目が点になる。雰囲気はまるでヨーロッパの空港にオープンした最新ターミナルのそれである。到着ロビーを進むとさらに驚いた。なんとイミグレーションのホールでは、入国手続き中の旅客と一般の出迎え客がガラス越しに互いに見えるのである。開放的である。入国審査場がここまでオープンな空港、どこかにあったかな?などと笑顔の係官の顔を見ながら、到着早々の予想外の連続に、戸惑うやら嬉しいやらで旅のテンションは上がり気味である。
旅行者の到着ロビーでの仕事は通常、両替と市内への交通機関の確保と決まっている。しかし、ガイドブックにはミャンマーでは現地通貨のミャンマー・チャット(Kyat)は米ドルからしか両替ができず、空港両替所は極めてレートが悪いと書かれていた。ドル紙幣をいくらか持っていたので、とりあえずそのままタクシーに乗ることにする。市内までは9,000チャットだが、11米ドルを支払う。すると手配のカウンターの女性とドライバーがドルの「ピン札」で払って欲しいと言った。目が本気の懇願するような目つきで、新手の騙しのテクニックなどではなさそうだ。後で聞いたところ、ミャンマーはドルを外貨として決済できる国との国交が限られているため、国内の銀行はシンガポールなどの銀行と実物のドル札を実際に交換している。その際に汚れやシミ・シワがあると偽札チェックで引っかかるリスクが高いのだという。そのため市民も旅行者からドル札を受け取る際は、国内の銀行で受け取り拒否されないよう新札を望むのだそうだ。しかし涙目で訴えられても、ドルのピン札などそうそう持ってないだろ、とつぶやきながらなんとかシワシワの札を受け取ってもらう。エアコンのあまり効かないタクシーに乗り込むと、約25分でヤンゴン市内のホテルに到着。
タクシーの窓から見る夕刻のヤンゴンの通りは仕事を終えて家路を急ぐ人の姿などが多く見られ、忙しくも穏やかで、平和である。見知らぬ土地の雰囲気に慣れるためにもとりあえず街に繰り出してみる。6月はモンスーン気候帯の雨期の真っただ中である。年間の平均降水量のグラフでは6月だけ、他の月の10倍程度まで数値が突出していたので、到着前は豪雨を心配していた。その夜も時折雨に見舞われたが、市民は雲の切れ間を縫うように通りを歩き、露店で食事をしている。そうここは東南アジア・インドシナ半島。雨は畏れる対象ではなく、大切な天の恵みなのである。街にすっかり好印象を抱いてホテルに戻ると、除湿エアコンも正常に動き、まったく問題はない。気になるのはチェックイン時に渡された巨大なLED懐中電灯くらい(これは後ほど活躍することになる)。
翌朝は雨期とは思えない予想外の快晴。取材を前に散歩してみる。体制は変わりつつあるとはいえ軍事政権の根幹は変わっていないとも言われる。出発前には「一眼のカメラを持って街を歩くのはいけない」と言った人もいた。しかし、昨夜同様、街は大まかに言えば「30年前くらいのバンコク」のような印象で、旅行者として歩く分には管理社会だとか軍事政権などという言葉から連想するものには一切遭遇しない。平和でどことなく文化的に豊かな印象だ。人々がしっかりと生きて、発展途上でありながらも社会が機能しているように思える。そして何より、人々の笑顔がなんとも魅力的だ。一眼カメラも特に咎められることはない。
午後になり、この国の最新の航空・旅行事情をうかがいにANAのヤンゴン支店を表敬訪問する。オフィスはヤンゴンで一番高いオフィスビル「SAKURA TOWER」にある。ここに内外の航空会社が多く入居しているのは、同国では長らく航空業界の通信網「SITA回線」が政府関係施設と空港以外ではこのビルにしか開通していないからだそうだ。通信事情はまだまだ発展の余地がありそうだ。オフィスでは同支店の女性マネージャー、カイングさんにお会いした。ANAは1996年から2000年まで関西〜ヤンゴン線に就航していた(一部バンコク経由便)。カイングさんは就航当時から同オフィスで働き、ミャンマーの航空事情の変遷を見続けてきた人である。彼女によると、民主化の流れの中で航空行政やサービスも大きく変化を遂げており、2012年10月のウインターシーズンには新たに国外の6つのエアラインがヤンゴン国際空港に乗り入れるという。ANAもそのうちの1社で6月の時点では、9月に成田からチャーター便を運航し、10月に同路線の定期便化を目指しているそうだ。機材は当初、ビジネスジェット仕様のボーイング737型機とすることが検討されているとも。かつての撤退から12年を経ての路線復活にカイングさんは、「忙しいけど、とても嬉しい。日本からの直行便は特にビジネスにとって意味は大きい」と現在の心境を語ってくれた。ちなみにヤンゴン路線を新設する予定の他の5社には香港ドラゴン航空・大韓航空・インディアン航空などが含まれているという。まさにミャンマーの空の解放である。
カイングさんに航空市場の拡大に伴う旅行ビジネスの展開について聞くと、サービスレベルの低さが知られている国内線航空網については「インフラの整備がこれから」とのこと。国外からの旅行者が安心して確実な国内の空の旅ができるようになるにはまだ時間がかかるとの考えだ。そういえばミャンマーについて書かれた専門書で「天然資源に恵まれているという背景から、民主化=即時の観光産業の促進ではないだろう」との指摘があったことを思い出す。このあたりもこの国が他の東南アジア諸国とは多くの面で一線を画してきた理由の一つなのかもしれない。
十分に話を聞いて席を立とうとするとカイングさんは私をヤンゴン国際空港に案内してくれると言った。思いがけないオファーをありがたく受けることにし、到着時に驚愕したあのターミナルビルに向かう。彼女によると、同ビルは2007年に現在の状態で供用開始された。設計・建設・資金関連では国内企業だけでなくシンガポールや中国などの企業(そしておそらく各国政府)の協力があったそうだ。「必要以上に立派じゃないですか?」と少し意地悪な質問をすると、笑顔で「(新しい首都の)ネーピードー空港はもっと立派でヤンゴン空港の倍くらい大きい」とのこと。空港施設は多くの国で、政治と経済と外交などが絡み合った国策の一部となるのである。空港敷地内では隣接する旧VIPビルや国内線ターミナルの外観も間近に見ることができた。政府の要人たち専用のVIPビルはミャンマーの仏教寺院を思わせる壮麗な建物だが、首都が移転した現在は使われていない。今後、新たに就航する航空会社のオフィスとして使用する可能性もあるのだという。ちなみに空港での写真撮影や一部の建物周辺への立ち入りには事前の許可が必要なので、訪問時にはトラブルにならないよう気をつけたい。
カイングさんの全面的な協力で航空事情を軸にしたこの国の一端を理解できた。(かつて私も勤務していて実感するのだが)航空会社の海外支店の役割の一つは関係者へのこのような現地のリアルな情報提供にあるように思う。ANAの寛容で丁寧な対応に心より感謝したい。
翌日はヤンゴンの周辺を巡る鉄道の「環状線」に乗ることにした。鉄道はどこの国でも(飛行機よりも)庶民的な乗り物だからである。一周3時間30分の路線の運賃は1米ドル(約80円)。沿線の多くはのどかな田園地帯だが、各駅の近くの集落ではプラスチックごみの投棄が目立つ。環境問題は途上国の大きな課題であることを改めて認識した。一方で貨車のような車内には絶えず物売りがやってきて、様々な食べ物を買うことができ、一般の人々の暮らしを体験できるのは楽しい。そして環状線の最北部はヤンゴン国際空港の滑走路の北端からわずかな距離にある。タイミングが合えば離陸前の航空機が誘導路から滑走路に旋回する様子が目の前に見えるだろう。列車は揺れるが速度は遅いので、ここを「隠れた撮影スポット」と呼ぶのはマニアックすぎるだろうか?
ホテルに戻り、ミャンマーの今後について思いを巡らせつつ、窓からミャンマーの仏教の聖地「シュエダゴン・パヤー」の巨大な仏塔を望む。この国では民主化が進むとはいえ、現在も様々な制限があるという。たとえばインターネットについて言えば、市民の通信を遮断することは国際的にもできないが、その通信データ量や送信速度を制限することがあるそうだ。また市民は国外へ出ることは禁じられていないが、訪問国のビザの取得が困難なことや、時には帰国に制限がかけられることもありなかなか一般的になりえない。この国はこれからどこに向かうのか?その答えは大きく開かれつつあるこの国の民間航空市場を通して、私たち旅行者一人一人が実際に見て確かめるのが良いだろう。想像を覆す穏やかで自由な空気の中、発展途上でありながらもどこか懐かしいアジアの人々の心と、豊かな未来への可能性を感じられるかもしれない。
滞在中、幾度か停電に見舞われた。エレベーターも止まるが、直に建物の自家発電により復旧する。誰一人として慌てない。ホテルのチェックイン時に手渡されたLED懐中電灯の意味がわかったのは、最初にそんな停電を経験したときだったが、その時、窓の外に広がる漆黒の闇の向こうの「シュエダゴン・パヤー」の巨大な仏塔のライトアップだけは消えず、じっと人々を見守っているような姿が印象的だった。
2012年6月時点ではミャンマー国内ではクレジットカードは使用できず、日本円の両替もほぼできない。現在、現地の銀行が日系銀行などと協力してATMなどの導入計画を進めているそうだ。当面の訪問時には「ピン札」の米ドルをお忘れなく。また空港両替所は現在、市内と同一の為替レートで両替を行っているとのこと。
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