地中海の西端を渡るフェリーがスペインの岸壁を離れる瞬間、何かが抜けていく感じがした。揺れではない。もっと微細な、重力の質の変化がもたらす感覚だった。エンジンの振動が背骨を伝って、自分がユーラシア大陸ではないどこかに向かっていることを伝えている。アルヘシラスの港が遠ざかり、私はジブラルタル海峡と名付けられた空間に入っていく。

船内は奇妙なほど日常的だ。破れたビニール座席、売店で売られる不味そうなエスプレッソ、床に落ちた何かのレシート。崇高な越境体験を期待していたのだが、現実は退屈な2時間弱の船旅でしかない。隣の席では若い女性が赤ん坊をあやしている。モロッコ人だろうか。彼女にとってこれは帰郷で、私には新たな場所への到達だ。同じ船に乗りながら、それぞれ異なる旅をしている。窓際の老人は定まらない視線を海原に向けていた。これまでの人生で、この海峡を何百回も往復してきたのかもしれない。

船内の最初の30分は、驚くほど長く感じた。海は変わらず灰色で、船窓の遠くにはまだ陸地が見える。トイレに立つと、廊下でアラビア語を話す男たちとすれ違った。そしてある時点で突然、時間が圧縮され始める。海峡の最狭部に差しかかっているのだろう。右手前にスペイン、左奥にモロッコの陸地が見える。それぞれ数十キロメートルの距離しかない。二つの大陸がこんなにも近くに向き合っているのだ。子どもが窓に張り付いて、何かを指差している。その先はアフリカか、ヨーロッパか、あるいは両者の狭間の潮流かもしれない。

周囲の光の質が変化したような気がした。本当に変わったのかどうかはわからない。スペインとモロッコは、あらゆるものが違うはずだと自分の中の何かが思い込んでいる。しかし海の色は変わらない。相変わらず灰色のままだ。視覚的な劇的な変化は、どこにもない。

船内アナウンスが流れた。スペイン語、次にアラビア語、そして英語。全く理解できないアラビア語だけが、旅の途中の自分を、言葉の重圧から解放していく。

これまでに無限の数の人たちがこの海峡を渡っている。古代フェニキアの商人、イスラムの征服者、追われた人々、希望を抱いた人々。そして、観光旅行者たち。私は今、その隊列の末端に加わろうとしているのだ。

モロッコ側のタンジェの街が見えてきた。そこに到達するのは、一体どの瞬間になるのだろうか。接岸の瞬間か。上陸の一歩を踏み出す時か。陸上の誰かと視線を交わす時か。あるいはその土地の匂いや音を感じる瞬間か。

船が減速する。エンジン音が変わる。人々が立ち上がり始め、荷物を手に取る。私もそうする。タラップが降ろされる重く乾いた金属音が、振動と共に船内に伝わってくる。

私は列に並び、ゆっくりと前へ進む。一歩、また一歩。どの一歩が境界を越える一歩なのかは、やはりわからない。

港の係員と目が合った。彼は私を見て、何かを判別したようだ。彼にとって私は今日何百人目かの、ヨーロッパから到着した顔でしかない。私にとって彼は、見知らぬ港で最初に目を合わせた人間だ。彼について判別できるものは何もない。旅先のコミュニケーションとはいつでも非対称なのだ。

タラップを降りた。熱いコンクリートに足がつく。ここがどこなのか、私にはすぐに認識できない。ジブラルタル海峡という曖昧な境界の先、アフリカ大陸の旅が、今、始まろうとしている。